自分のことは御自分でどうぞ…

自分で訓練してみてね

私の霊能の方向性は、自分にとって興味のあるモノを主観的に観ることです。

要するに、自分に関係しない興味のない物事はどうでもいいのです。

だから、第三者が私に何かを視て欲しいと来られても、対応し兼ねます。何故なら私にとっては第三者の要求なんて全く興味のないことですから。

無理に興味のないものを見たとしても、こころと精神が其方を向きませんので、正しい答えが出るハズもありません。

何かを知りたいとの要求のある人に対して、私は御自分で訓練してみては?と御勧めします。

どうしても知りたい・観てみたいと強く願っているのでしたら、多少の労苦など何てことはなく楽々乗り越えられるハズです。(チョッと皮肉が入ってますスミマセン)

まぁそんなに難しくはありませんよ。目覚めた意識状態で、夢映像を観る訓練をすれば良いのです。

夢映像を観ている時の脳波は、4次元幽界と波長が合いますから、その辺の周波数を目覚めた意識の侭キープするって言いますか、目覚めと睡眠の中間の意識に入れるように訓練して下さい。

私は、深呼吸と暗示を用いた瞑想により、目覚めた状態で夢を観るコツを約2年で手に入れました。

体内透視ができるようになったのは霊能学習を始めてから43年ほどです。これがそうなのか!と判るまでが長かったです。判ってしまえば難しいモノではありません。紆余曲折を繰り返し、諦めることなく続けられる人のみが得られるチカラです。

PS.
霊能を否定する方は、自分の流儀の範囲内でしか見ないから判らないのです。

普通に目覚めた意識の侭では、物質体しか見えないのは至極当然あたりまえです。その状態で霊が見えないと叫んでいるのは非常識であり、滑稽の一言に尽きます。

“俺たちの目に見える様にしろ!!”と吠える前に、御自分ですこし創意工夫してみては如何でしょうか?

PS2.
自分をどこか目的の場所へ連れて行くのは、自分しかいません。まぁ誰かがヒントを呉れることは有るでしょうが、それはヒントに過ぎません。そのヒントを呉れた誰かが、貴方を連れて行っては呉れません。

救い主は現れません。マイトレーヤや弥勒は現れません。突然天地が変化して貴方をどこか別の新天地へ連れて行っては呉れません。その手の説は誰かが誰かに吹き込んだ作り話に過ぎません。

そうです。自分を救うのは自分だけ、何か疑問に思うのなら自分でトコトン調べ上げ、吟味して行くほかありません。そうでなければ、此の世に生まれた意味はまったく無いことになってしまいます。